【鬱になった話】

やっと言えた「休みたい」

私が体と心からの警告にようやく気づき「休みたい」と言えたのは、体と心が全く動かなくなってからでした。

自分を追い込み、まだできるまだできる!と自分の気持ちを犠牲にしてきた結果、私はうつ病になりました。2022年8月のことでした。あと数日頑張ればお盆休みになるからやれることはやっておこう。休み中のやることリストを作っておこう。と息をつく暇もないくらいにバタバタと動き回る日々。

お盆休み間近のあの日、朝私は起き上がることが出来ませんでした。もう起きないと遅刻する…何度も何度も自分を奮い立たせ、何とか体を起こしトイレと洗顔を済ませキッチンへ朝食を作りに行きました。…が、突然立っていられないほどのめまいと何とも言えないザワザワした気持ちになりその場にしゃがみ込みました。今まで感じたことのない意味の分からない恐怖と不安が押し寄せ混乱し、泣き出してしまったのです。

「仕事行けない 休みたい」と夫に伝え、こわばる表情でソファーに横になりましたが気分は落ち着かず、夫が出勤の支度をしていると再び恐怖感と不安感が現れ夫に「傍にいて欲しい、仕事を休んで欲しい」と泣きながら訴えました。

ずっと体調不良だった

振り返ってみると体の不調が長期に渡りありました。時々眠れなかったり、胃もたれや夜中の嘔吐(機能性ディスペプシア)、首肩コリ、ふらつきやめまい、そわそわした焦燥感、緊張感がなかなか抜けない、呼吸が浅い…など、様々な不調が出ていましたが病院で検査をしても特に病名が付くわけではなく「年齢的なもの(更年期)」「ストレス」「自立神経失調症」などと言われていました。対処としての処方薬が出たこともあるので、服用しながら体と心を奮い立たせ仕事に家事にと自分なりに精一杯取り組んでいました。『人に迷惑をかけてはいけない』『甘えたことを言ってはいけない』『もっとやらなければ馬鹿にされる』『あの人に出来るんだから私も出来る』そんな考えに支配されていたように思います。心も状態もあまりよくありませんでした。

心療内科受診

これまでの体調不良に加え、身体が動かなくなる感じや頭が混乱し涙が止まらなくなってしまう状態になり、自分でも「これは心の病気かも」「パニック発作?」などと感じていました。心療内科は割とすぐに予約が取れたので、夫に付き添ってもらい受診しました。混乱した状態ではありましたが自分の状態を伝えると医師から「少し仕事をお休みしましょう」と診断書を書いていただきました。

「先生、私は病気ですよね。何の病気ですか?」と尋ねると医師は「鬱病です」と。

私がイメージしていたうつ病は、落ち込みや自責の念が強い感じと思っていたので正直驚きました。でも鬱と診断されたことでこれまでの体調不良が鬱によるものと分かったこともあり、少しほっとしました。

 

鬱と診断されて

診断書を書いていただいたので休職へ入りました。

鬱病と診断されてほっとはしたものの、体調不良はどんどん悪化し何も出来なくなっていきました。何より一番つらかったのは、一人でいることがとても不安で苦痛だったことです。怖くて動けない、座っても立っても不安感があり体中が緊張で固まっているような感じ。頭の中ではネガティブな言葉や過去の嫌だった出来事などが次々あふれてきて、自分ではどうしようもない感じが一日中続きました。

休みが必要であることを医師に言われているものの『何かしなくては』『鬱病について調べなくては』…と焦燥感から多くの書籍を購入しました。しかし読もうとしても文字が頭に入らず内容も理解出来ず焦るばかり。しかも鬱に関する本を読むと特に具合が悪くなりました。

『心と体を休ませるための休職』なのに、休ませ方が分からなかったのです。

心と体をどうやって休ませたのか

『焦燥感も不安感も鬱病の症状なのだ、戦っていても今は打ち勝つことも切り替えることも出来ない とにかく寝てしまおう』そう思うようになってからは、昼も夜もとにかくベッドに入り目を瞑っていました。私の場合は睡眠過多の状態だったので、とにかく眠っていました。昼間は2,3時間眠ったら起きて出来そうなら家事をしたりちょこっと掃除をしたりして手を動かすようにしました。少し動くと疲労感があるのでまたベッドへ入り、眠る… を繰り返す毎日でした。

強制的に頭(心)と体を休ませ、自分に必要な身の回りのこと(着替え、歯磨き、洗顔、入浴、トイレ、食事)だけをやっていました。このような生活を続けていくうちに、起きあがっていられる時間が増え一人で散歩に出られる日もでてきました。ここまでで私の場合は4か月かかっています。

散歩は毎日行きたい気持ちはありましたが無理はせず、天気が良くあまりストレスを感じない気候の時に20分程度近所を歩きました。自宅は河川敷のそばで自然が豊かなので、空の色、風の感じ、匂い、草花、遠くに聞こえる電車の音など…五感を使いながらゆっくりと歩くようにしました。歩くときに「みぎひだりみぎひだり…」と足を出すのと一緒につぶやくことで歩くことに集中できました。こうまでしないと頭の中にネガティブなことが出てきてしまうので『自分でコントロール出来るんだ』という暗示にもなり、自分の中に閉じこもっていた意識がだんだん外へ向かうようになっていきました。

思考で行動すると

鬱になって思うのは、思考を優先して生きてきたことが結果として鬱病を発症させたということです。心と体が動かなくなる以前『まだ出来る もっと出来る』と自分を追い込み、気持ちや感情を無かったことにしていました。本当はとても辛くて悲しいのにその気持ちを押し殺していたのです。辛さも悲しみも自分の素直な感情です。味わってもいいし、寄り添ってもいいのです。生まれた感情や自分の気持ちを無視して『こうすべき』『こうであるべき』と思考で行動すると常にエンジン全開の状態になりブレーキも踏み続けているような心にも体にも危険な状態が続きます。交感神経が優位になると呼吸は浅くなり、自律神経は乱れさまざまな不調を出して体は知らせてきます。体からのシグナルに気付き、優しく自分の気持ちや感情に寄り添うことが何より大事なことだと実感しています。

鬱になって知った自分のこと

私は自分のことを『決めたらやり通す人』『何事も前向きに捉えて解決できる人』『相手のことをよく考え誰に対しても優しく出来る人』と評価していました。笑!!!

でも実際は『頑固』『思考で無理やりポジティブに持っていく』『相手のペースに合わせてしまい自分をなくす』… これが私です。

理想と現実にギャップがあり、それを埋めるために必死に取り組んでいました。それは決して前向きではなく、自分の心にある寂しさ、悲しみ、恐れ、不安からくる焦燥感でそれを打ち消すために行動していたように思います。ありのままの自分を受け入れられず、まだ何者かになれるような気がして目標を立てては必死になっていました。何か取り組む際の原動力は、理想に近づくため、誰かに馬鹿にされないようにするため…であり、『自分が楽しいから、幸せだから、やってみたい好奇心から…』ではなかった。

何か出来事が起こった時に感じた自分の気持ちはおざなりにし、解決方法を考え行動していました。これは必要なことでもありますが、どんなこともこのようにしていると自分の心が置き去りにされてしまいます。自分自身を納得させてからの行動なら、心に負担はかかりません。むしろ本当の意味で前向きに捉えることが出来るでしょう。

人間関係では、自分らしさをなくし相手軸で関係を築くこともありました。昔からの友人とは良い関係を築けていますが、特に職場では良い人間関係を築くことが出来ず無理をすることも多かったです。無理をすると相手との関係において同じ立ち位置ではなくなり、いつの間にか相手優位になっていることもありました。そうすると関係を続けていくことにどんどん不安を感じ、より自分らしさを見失っていました。

元の自分には戻れない

私は鬱になって、自分自身をよりよく知ることが出来ました。自分を知るために鬱になったと言ってもいいくらいです。本来なら、鬱にならなくたって自分を大切にし自分自身のことをよく知ることは出来るはずです。しかし私にとってそれは簡単に出来ることではなかった。「このままではこれから先、生きていけませんよ」と心と体が教えてくれたことで休まざるを得なくなり、自分と対話する時間をもつことが出来ました。その時間が考え方や自分自身を知ることや生き方までも変えていこうと決意させることに繋がりました。

鬱の渦中は「早く元の自分に戻りたい」と思っていましたが、元の自分には戻ることは出来ないと確信しています。仕事に家事に人間関係に…と一生懸命に無理をしていた『自分には戻らない』ということです。鬱になったことで本当の自分を知り、取り扱っていくのですから以前の自分取り扱い説明書は必要ないのです。でも、過去の自分を恨むことはありません。あの時頑張った自分がいたから今の自分がここにいるのです。どの自分も受け入れ、自分自身に思いやりを持って、ここにいる自分と一緒にまた活動的な日々を過ごしていくのです。

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